東京地方裁判所 平成元年(ワ)14734号 判決 1992年1月24日
原告
甲田花子
右訴訟代理人弁護士
高橋一郎
同
奥野滋
被告
乙田太郎
右訴訟代理人弁護士
後藤仁哉
主文
一 被告は原告に対し、金一二万九七四〇円及びこれに対する平成元年一二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立て
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五七四万一九二三円及びこれに対する平成元年一二月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和六三年九月ころ、被告の依頼により、被告が行う給排水等の配管工事業の開始及び継続のために、原告が金銭を立替え、かつ、労務を提供することを約した。その際、被告は原告に対し、立替金相当額の返還と原告の労務に対して一か月二五万円の給料を支払うことを約した。
2 原告は、右約旨に従い、昭和六三年九月ころから平成元年九月九日までの間、別紙計算書Ⅰ(略)記載のとおり合計二四六万七一八三円を立替払し(原告が所持していた三万四〇〇〇ドルのトラベラーズ・チェックを換金したり、台湾にいる原告の両親から借り受けるなどした資金を当てた。)、また、右期間中の労務に対する給料は、別紙計算書Ⅱ(略)のとおり合計三〇〇万円を下らない。
3 被告は、自分が起こした交通事故の対応に関して腹を立て、平成元年九月一〇日早朝、原告の両足首を持って逆さに振り回したり、電話機で原告の右膝を叩くなどの暴行を加え、原告に全治八〇日間を要する右膝内側側副靱帯損傷の傷害を負わせた。その結果、原告は、別紙計算書Ⅲ(略)記載のとおり合計二七万四七四〇円の損害を被った。
4 前記1の約定は、もともと、原告と被告の信頼関係を基礎とするものであったから、被告は、前項の傷害を被ったことから、平成元年九月一〇日、右約定を解除した。
5 よって、原告は被告に対し、別紙計算書ⅠないしⅢ記載の金員の合計である五七四万一九二三円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成元年一二月一三日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する答弁及び主張
1 請求の原因のうち、被告が、配管工事業を営んでいること、交通事故を起こしたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。
2 原告と被告は、昭和六三年八月ころから平成元年九月ころまで、夫婦同然の関係にあった。被告が現に居住するマンションも、原告及び原告の子との同居を意図して賃借したものである。もっとも、原告と被告は、完全に同居するまでには至らなかったが、原告は、被告のマンションに一日に二、三度通い、早朝に帰宅するという半同棲の生活を送っていた。
その間、被告は、原告に給料、報酬の一切を預け、被告の預金通帳の管理を任せ、被告と原告の生活費、遊興費及び営業経費の支払にも当てさせていた。原告が、仮に、自己の手持ちの金銭を一時被告のために立替えることがあったとしても、原告は、被告の収入のすべてを管理していたのであるから、被告の収入が入り次第、直ちに補填をしたものと思われる。原告が、立替払をしたままで一年以上も放置していたとは考えられないし、被告は、その間、原告から、小遣いとして、三日ごとに一万円ずつを支給されていたのみだからである。
3 被告が原告を雇用した事実はなく、まして、給料、報酬等の支払を約定した事実はない。
4 原告主張の交通事故は、被告が平成元年八月下旬に物損事故を起こしたというものである。そして、その相手方との間で示談交渉を進めていたところ、相手方からの電話に出た原告が、対応の拙さから同人を怒らせてしまったので、これを知った被告が注意した。ところが、一旦は被告の自宅を出ていった原告が、深夜に戻って来て、冷蔵庫からビールを取り出して一気に飲み始めて酩酊し、被告に罵詈雑言を浴びせかけ、そのうえビールビンで殴りかかろうとした。そこで、被告がこれを押さえようとしたが、原告が一層興奮状態となったので、被告も仕舞には怒り出し、電話機を持ち上げて投げつけたりコップを蹴ったりしたところ、そのコップが割れて被告が負傷した。そのため、原告は、狼狽して被告の自宅を裸足のまま飛出していったもので、原告が負傷したという事実はない。
被告は、原告からその主張する障害の嫌疑で警察に告訴され、逮捕される事態に至ったが、取調べの結果、事実関係を立証できず、釈放されている。
5 原告は、前項の事件のあった日の夕方、留守中に被告の自宅にやって来て、被告の所有する営業帳簿類、契約書、領収書、給料明細書、出勤簿、自賠責保険の証書と被告名義の預金通帳を持ち出し、現在まで返還していない。
第三証拠関係
本件記録中の書証及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 原告と被告の関係について
成立に争いのない(証拠略)(<証拠略>は原本の存在を含む。)、(証拠略)及び被告本人尋問の結果によれば、原告と被告とは、昭和六三年六月ころ、それぞれ配偶者がいる境遇のもとで知り合い、平成元年九月に別れるまでの間、一緒に台湾や四国、青森などに旅行をし、また、昭和六三年一〇月には、被告を借主、原告を同居者と表示(原告の氏名を「乙田花子」、続柄を「妻」と記載)してマンションを借り受けるなどの緊密な間柄にあり、原告も夜中に右マンションを訪れて朝帰りするという生活を続けていたもので、両者は、半ば、夫婦同様の関係にあったことが認められる。
これに対し、原告本人尋問の結果中には、原告は、被告と愛人関係にはなく肉体関係もなかった旨を供述した部分があるが、右各証拠に照らして、採用に値しない。
二 立替払について
(証拠略)によれば、原告主張の支払があったこと又は支払の原因となる取引があったことは、必ずしも認められないではない。しかし、その支払が原告自身の資金でされたことについては、裏付けとなる証拠がなく、これを肯認することはできない。(証拠略)及び原告本人尋問の結果中には、右支払に当てた資金は、原告のトラベラーズ・チェックを現金化したり、原告の時計や指輪を質に入れ或いは台湾にいる原告の両親から借り受けるなどしたものであると述べた部分があるが、その真偽自体が必ずしも明らかではないし、仮に、トラベラーズ・チェックの現金化等の事実があったとしても、これらの資金が原告主張の支払に当てられたことを裏付けるに足りる証拠はない。
もっとも、原告が立替払を主張する各種の領収書や契約書等が原告の手元にあることが問題となるが、被告本人尋問の結果によると、被告と原告の関係が破綻に帰した時点で、原告が被告のところから持ち去ったものであることが認められるので(原告も、このことは認めている。)、領収書や契約書等が原告の手元にあるからといって立替払の決め手とはなり得ない。また、被告本人尋問の結果中には、原告が主張する立替払のうち若干のものについては、原告が支払をしたことを認めた部分があるが、被告本人尋問の結果によると、原告は、前記のような緊密な間柄のもとで被告の収入及び支出を管理していて、もともと被告が原告に預けておいた金銭から支払ったか又は被告の収入から立替分を補填していると解されるというのであるから、右供述があるからといって、原告の立替払の請求が理由ありということにはならない。
他に、原告主張の立替払の事実を認めるに足りる証拠はない。
三 雇用について
(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告が、被告と前記のような緊密な間柄にあった期間中に、被告の仕事の手伝いをしたことのあったことは伺われないではない。しかし、原告と被告との間で、雇用契約が締結されたことはもとより、給料その他の対価の支払の約定があったことについては、これを認めるに足りる証拠はない。(証拠略)及び原告本人尋問の結果中には、これと反対の部分があるが、被告本人尋問の結果と対比して、採用することができない。
四 傷害について
被告が交通事故を起こしたこと、原告が相手方からの電話に出てその対応の拙さからこれを怒らせたこと、右事実を知った被告が原告に注意をしたこと、そして、原告と被告が言い争いとなり、被告が電話機を持ち上げて投げ捨てるなどしたことは、被告自身の認めるところであり、これらの事実に原告本人尋問の結果によって真正に成立したことが認められる(証拠略)(原本の存在を含む。)、二及び原・被告各本人尋問の結果を併せれば、右電話での対応に関連して言い争いをした際、原告が被告からその主張するとおりの暴行を受け、右膝内側側副靱帯損傷の傷害を受けたこと、そのため、原告は、東京慈恵会医科大学付属病院で治療を受け、平成元年九月一一日から同年一〇月三一日までの治療費として二万〇六八〇円、同年一〇月三一日にコルセット代として九〇六〇円を支払ったことが認められる。これに対して、原告が同年九月一五日にコルセット代二万一〇〇〇円を支払ったこと、八回の通院に際してタクシー代二万四〇〇〇円を支払ったことについては、裏付となる証拠の提出がなく、いずれも認めることはできない。(証拠略)よっては、これらを認めるに足りない。
なお、被告本人尋問の結果及びこれによって真正に成立したことが認められる(証拠略)には、原告の受傷は交通事故によるものであるかのように述べた部分があるが、右交通事故の日時、場所、相手方などの具体的な内容は全く明らかではないし、(証拠略)によると、原告が受傷したのは平成元年九月一〇日であって、被告が自認する言い争いの発生した日時と一致していることが認められることからすれば、原告の受傷は、やはり被告の暴行によると認めるのが相当である。また、被告本人尋問の結果によれば、右事件については、原告が被告を刑事告訴したことから逮捕にまで発展したが起訴には至らなかったことが認められるが、だからといって、右認定の不法行為の成立を左右するものではない。
したがって、原告主張の不法行為の成立及びこれによる右損害の発生が認められるが、更に、右不法行為の態様、結果特に通院の期間等を総合的に勘案すると、被告は原告に対して、慰謝料として一〇万円を支払う義務があるものと認められる。
五 以上によれば、原告の請求は、不法行為による損害賠償として一二万九七四〇円の限度では理由があるが、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担つき民訴法九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田豊)